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2005年11月21日 (月)

思い出のペリス島

 1998年、今から7年前の10月にロシアのウラジオストック南方にある小さな島、ペリス島に撮影取材に行った。テーマは寒流の魚の繁殖生態。寒流の魚代表、カジカ類やホッケの産卵行動を少しでも解明したいと願っていた。何しろ、水温の低い寒流系の海では、そこに棲む魚たちを生態観察しようとしても並大抵の苦労ではない。おのずと、寒い海に棲む魚たちの生態情報は少なく、貴重な物となっている。

 初めて訪れる国ロシア、初めて潜るロシアの海、初めて出会うロシアの魚…、総て初めてずくめの取材を支えてくれたのが北海道大学の魚類学博士・宗原先生であった。先生は大のカジカ好き。カジカ類の事なら何でも知っておかねば、と言う熱い情熱で寒流の海の寒さを吹き飛ばすタフな研究者。先生が日露共同研究の一環として、このペリス島でケムシカジカの産卵行動を研究する機会を得たのを知り、押しかけ同行をお願いした。

 ウラジオストックから船で約5時間、やっと辿り着いたペリス島の小さな入り江には、小さな小屋が一棟建っているだけであった。海洋保護区のレンジャー・カチンさんが密漁を取り締まる為、一年を通して住んでいる。人口1名のプチ無人島であった。入り江周辺の浅瀬には宗原先生の研究テーマであるケムシカジカの雌が所狭しと集まり、産卵準備に取りかかっていた。魚のくせにケムシとは、名前も悪いが、その見てくれは草の生えた鬼瓦の様でもっと悪い。だが、その白身は絶妙に旨いらしく、北海道にも昔はかなりの数が棲んでいたが、皆食べられてしまい、近頃は殆ど見かけなくなった日本ローカル絶滅危惧種なのだ。その珍しいケムシカジカが水深1〜3メートルの転石の海底にゴロゴロしているのだから、宗原先生が喜ぶのも無理はない。

 そして観察を始めて数日後、我々の望み通り、ケムシカジカは産卵行動を始めた。最初、転石の間にその鬼瓦面を突っ込み、匂いを嗅ぐ様な行動をとっていたケムシカジカが突然、シャチホコのように反り返ったのだ。同時に卵で膨らんだお腹から、漏斗状の産卵管が伸び、石と石の奥深くに卵を注入した。産み付けられた卵はオレンジ色、径が6ミリ程のイクラの様な卵であった。我々はヤッターヤッターと大喜び、念願の産卵生態撮影成功、世界初の快挙である。

 勢いに乗った取材班は「今度はホッケだーッ!」と調子に乗った。ホッケは入り江の対岸周辺に雄が縄張りを作り、雌を待ちかまえている状況。しかし、海は秋も深まり、水温も11度を切る冷え込み。ドライスーツに身を固め、元気の良い雄ホッケの縄張りに張り込む事2時間以上。「お、オシッコ!」と堪えきれずに対岸に這いずり上がり、ドライスーツが脱げなく、七転八倒する者まで出てきた。オシッコはまだ良いが、お腹が冷え、「う、ウ…」の方まで騒ぎは広がった。今更ながら寒流域での生態観察の大変さを実感。幾多の困難を乗り越え、ホッケの産卵を撮影できたのはチャレンジを初めて1週間程経った夜であった。

 ひとしきり雄同士の喧嘩を繰り返し、戦いのない空白の時間帯に雌がそっと雄の準備した産卵床に近づき、雄が激しい求愛を始めた。雄は盛んに雌の眼前で体を震わせている。宗原先生によると、ホッケの雄は雌を興奮させる為にオシッコを掛けているらしい。こっちが必死にオシッコを我慢しているというのに…。暫くすると、雌が産卵床にグッと体を押しつける様にして産卵。雌が前に進むと雄がすぐ後から卵塊に身を乗せ放精、雌が再び元の位置に戻り、顔を鏝のように使いながら卵塊を石の間に押しつけ固定する行動を見せてくれた。「ヤッターヤッター、ウレシーッ アハアハアハハハハハ……」と歓喜と痴呆の声が海底に木霊した。ちょっと長野オリンピックのジャンプ競技のようでした。めでたくも貴重なフーティッジを獲得し、日本に凱旋した私であった。

 上手く行った取材の話は書いていても気持ちいいね。

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