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2005年10月31日 (月)

鶏飯

keihan 10年程前、奄美大島で食べた鶏飯の旨さにビックリ。皆さん、鶏飯食べた事あります?

まず、鶏飯に大切な物はおいしい鶏ガラ。普段はあまり使わない物だが、この鶏ガラから旨いスープがとれるかどうかが大きなポイント。他の鶏とはひと味違う、薩摩地鶏や比内鶏などの鶏ガラを手に入れるのが、おいしい鶏飯を作るコツだ。

鶏ガラの他に臭みをとるショウガやネギを入れ、沸騰させずに、少量の鰹節と昆布を加え、ユックリ出汁をとり、澄んだ黄金色のスープを作り上げる。後は椎茸きざみの甘辛煮付け、錦糸卵、三ツ葉、柚子皮のきざみ、鶏のモモ肉(本場では鶏のササミだが、うちではコッテリしたモモ肉)などをそろえ、炊きたてのご飯に適宜乗せて準備完了。

黄金色のスープをタップリかけると、馥郁たる鶏の旨味が香り立ってくる。

ちょっと柚子胡椒をくわえ、スープの香りを鼻からも楽しみながらお茶漬けのように食べる。ドンブリ2杯はいける大人気のメニューだ。

いつもは騒がしい食卓も「ハァー」「フゥー」とため息混じりの呻き声ばかりが聞こえてくる。

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2005年10月28日 (金)

ヒゲ

一昨年の3月からヒゲを生やし始めた。メキシコ・カリフォルニア半島でシロナガスクジラを取材中の事だ。ディレクターに時間経過を表現するのに都合が良いから、「ヒゲを剃らずに伸ばしてくれ」と言われ、剃るのを止めてみた。

最初の頃は頬の辺りがモゾモゾして気になって仕方がなかったが、その内あきらめの境地か、伸びてくるヒゲがあまり気にならなくなった。元来、ヒゲは濃い方で、毎日毎日、剃るのが面倒くさいなーッと思っていたので、これ幸いと無精をきめこんだわけだ。

愕然としたのは、ヒゲが伸び始めるにしたがい、半分以上が白くなっている事に気付いた時だ。

メキシコ人のような精悍な顔付きになれるかと思ったが、鏡にうつる我が顔は三毛猫のような白黒茶3種混合ヒゲのカゲロウ顔(輪郭がハッキリしない…)。発作的に剃り落とそうとすると、ディレクターやカメラマンが「すごく良い!!似合ってる!ナイスミドル!!」等と誉め殺しにかかってきた。

顔のことを誉められたのは、生まれて初めてなので、誉め殺しと判っていながら、ヒゲを剃る機会を逸してしまった。

思うに、ヒゲ面に優しい眼は似合わないと思う。氷のように冷たい目、冷静で冷酷、そんな眼でないとヒゲと釣り合いがとれない気がする。今更性格を変える訳にはいかないが、鏡の中の我が顔は、見るからにお人好し…。まぁ、大きすぎる顔の周辺をボヤかす,あら隠しと思って、しばらくはヒゲ面でいよう。

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2005年10月26日 (水)

海底地震

今、日本人最大の関心事と言ったら…野球やサッカーではなく、いつか襲ってくると想われる「地震」ではないだろうか。新潟県中越地震から1年、つい最近も茨城沖で大きな地震があったばかりだ。東海地震、東南海地震…いつやってくるか判らない恐怖は募るばかりだ。

昔話になるが、今から30年近く前「伊豆大島近海地震」があった。マグニチュード7の大きな地震で、犠牲者も大勢出た。

地震当日、私は伊豆高原の家にいた。大島まで40キロ弱の位置にある城ヶ崎海岸で、友人が請け負ったテレビ番組撮影の手伝いをするため潜りに来ていたのだ。当日の朝は地震で目が覚めた。前日辺りから群発地震がおきており、「また地震か!」と舌打ちをし、コーヒー片手に伊豆海洋公園に行ったのを覚えている。

友人たちは撮影スケジュールをこなすため、私を待ち受けていた。「海の中で地震が来たら、どうなっちゃうのかねー?」等と軽口をたたき、海洋公園の深場(水深50メートル近辺)の生物撮影に出かけた。

海の中にはいると、いつもと違って騒がしい事に気付いた。岩礁が鳴っているのだ。その音は、上手く文字で表現できないが「ガンガンガンガン…」という岩の鳴る音であった。「アッ、地震の音だ…」と思いながら、巨大な岩礁から深みへ潜行していった。

水深50メートルの海底は、冬の素晴らしい透明度に覆われ、美しい光景に溢れていた。「さて、今日はどんな魚たちを見つけるかな…」と岩礁基部にある砂地の海底を探索している時、地震第一波がやってきた。

先ほど聞こえていた岩鳴り音とは比べ物にならない大きな音が襲いかかってきた。ちょうど伊豆大島の方向を向いていた私は、胸に叩き付けられるショックウェーブに呼吸が困難になった。ちょうど小さな子供が胸の上で跳ねている位の衝撃があった。数秒間呼吸ができなく、苦し紛れに体を捻ったところ、衝撃の来る方向からずれ、呼吸が可能になった。

衝撃は1分近く続いた。当時は、大深度潜水のため12リットルのエアータンクを2本パイプでつないだダブルタンクを使っていた為、衝撃がその接合部を外してしまうのではないかと心配だった。

水深50メートルはダイバーにとって決して安全域ではない。できるだけ早く、浅い海に避難しようと思った。仲間たちを振り向くと、突然襲ってきた海底地震に各自大わらわで、浅い方に向けて浮上を始めている者もいた。振り向くと、撮影用の水中ライトが砂地の斜面を転がって落ちていくのが見えた。少々迷ったが、そのライトを確保する為、深みの方に追っていくと、さらに強い地震波が襲ってきた。水中ライトを掴み、浅場の方に向かおうとすると、海底の砂が震動で20センチ程跳ね上げられ、舞っているのに気付いた。同時にその近くにあった大きな岩も跳ね上げられ、ドンドンとジャンプしているのが見えた。砂と岩では重さも質量も違うので、岩の動きと砂の舞が、それぞれ勝手気儘に動いていた。

その時点で、こんな大きな地震に海底で出会う事は希有な体験だと思い、冷静に生物的な反応を見ていこうと決心した。水深30メートル近辺、直径10メートル弱の大きな転石が並んだスロープ部分にまで泳ぎ着くと、その大きな転石も地震で動いたらしく、濁りが海底を覆い始めていた。生物たちの特徴的な動きは、残念ながらあまり見つけられなかったが、唯一感じたのは、魚たちが同種同士で一かたまりの群れになっていた事だ。普段は群れないタカノハダイなども10匹近くの群れになっていた。

巨大な岩礁を下から見上げると、中腹の水深20メートル近辺の岩の割れ目内で落盤でも起きたらしく、泥汚れが大きく中層に吹き出していた。後日、ニューヨーク貿易センタービルへのテロ攻撃中継画面を見ている時、煙を吹き出すビルの姿が、海洋公園の巨大岩礁にオーバーラップして見えた。

安全域とも言える、水深10メートル前後の海底に復帰した我々は、お互いの安全を確認しながら、伊豆海洋公園のエントリーポイントに向かって戻り始めた。「津波」への心配は、異常な潮流も感じていなかったし、城ヶ崎近辺の海が深い海底で囲まれている事も知っていたので、あまりしなかった。しかし、エントリーポイントに戻る間中、ズッと耳鳴りのように聞こえ続けている岩鳴り音は忘れがたい思い出だ。

本震後、私たちが周囲を潜っていた巨大岩礁自体が大きく岩鳴りを始め、「ガンガンガンガン…」と言う音は接近したり、遠ざかったりと言う変化を見せながら続いた。

エントリーポイント周辺は巨大岩礁から離れている為、その岩鳴り音も聞こえず、ホッと人心地つくことができた。さて、自分の安全が確保されると「陸上はどんな被害があったのだろうか…」と心配になってきた。いくら、途中から引き上げてきたとはいえ深度潜水をしたので、急に水面まで上がる事はできない。水深3メートル近辺で10数分の減圧停止が必要だったが、我慢できずにちょっと浮上して顔を出してみた。冬の日差しを受け、伊豆海洋公園は何の変化もなく佇んでいた。「何だ!陸上は大したことなかったんだ!」と自分が一人で大騒ぎをした気分になった。

減圧を終え、ダイビングセンターに戻ると、伊豆海洋公園の50メートルプールから大量の水が溢れだし、水位が30センチ以上も下がったり、付近の道路に大きな岩が転がり出たりと、被害が出ている事を知らされた。

後で知った事だが、我々が潜っていた場所は伊豆大島近海地震の震源地から20キロ弱の位置にあったらしい。くわばらくわばら…。

体全体で感じた伊豆大島近海地震。自然現象とはいえ、今後の地震災害を最小限の被害で食い止めるには、各自の心構えが一番大事だと思う今日この頃である。

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2005年10月24日 (月)

エチゼンクラゲ

島根半島の海でエチゼンクラゲを沢山見てきた。港からダイビングボートで出発し、周辺にある小島まで近づくと、水面近くに奴らの姿が見え始める。水中カメラを準備し、ドボンと飛び込む。

透明度5メートルほどの海中、ウッスラと見え始めたエチゼンクラゲに泳ぎ寄る。「デッ!デッカイ…!」 ユックリと傘を翻し、泳ぐ様はクラゲというより、象のようだ。わずかに走る潮にのって漂いながらクラゲについて行くと、チラホラと別のエチゼンクラゲが見え始めた。小さい(傘の径50センチ程)のから大きい(傘の径1メートル前後)のまで、サイズは様々。皆、気持ちよさそうに、凪の水面下を泳いでいる。

しばらく行くと、潮の吹き溜まりなのか、クラゲの密度が濃い所に流れ着いた。まるで、エチゼンクラゲのパーティーに迷い込んだみたいだ。

すると、下の方から巨大な奴が泳ぎ上がってくるのが見えた。傘の径1.3メートル、触手も千切れておらず、全長4メートルほどの小錦 八十吉クラスだ。物がすべて大きく見える水の中では軽四トラックくらいに見える。威風堂々の行進。

薄茶色で半透明の傘を力強く煽り、目の前を通り過ぎる。

これは宇宙船だね。スタンリー・キューブリック描くところの宇宙船の様に、遠景から超クローズアップに至る視野の中で、微細な突起や触手・刺胞がひしめき合い、複雑怪奇な立体空間を作り出している。クラゲの触手が持つ毒に守られようと周囲に集まってくる小魚たちも小型宇宙艇の様に見えてくる。

10年ほど前、同じ島根半島の地にエチゼンクラゲ大発生のニュースレポートをする為、初めて潜りに来た。当時は36年ぶりのエチゼンクラゲ大発生に戸惑いながら、「困ったもんだァー」と余裕の笑みを浮かべていた漁民達。ここ数年、連続して起きるエチゼンクラゲ大来襲の漁業被害に不安の色は隠せない。

想定される原因として、地球温暖化・対馬暖流の優勢化等の他にも、近代中国の工業化による影響、揚子江ダムによる黄海・渤海表層流の変化等が気にかかる状況だ。複雑な日中関係が影を落とす日本海の平穏を願わずにはいられない。

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セビッチェ

20数年前、ジャック・マイヨールと共にペルーへ取材に行った時、リマの食堂でセビッチェを食べた。セビッチェは魚介類をレモンやライムの絞り汁でマリネした食べ物。ビールやワインの肴にもってこいの存在。ところがこのセビッチェ、人によって好き嫌いがハッキリ分かれる。セビッチェに添えられる香草、コリアンダーの匂いが嫌いな人には見向きもされない。食べ物に関するストライクゾーンが異常に広い私としては、「コリアンダーっ、群れになってかかって来なさい!」と熱烈歓迎。セビッチェだったら毎食出て来ても飽きないくらい大好きだ。その上、添えられて来る唐辛子「アヒー」の辛いこと…世界一!辛い物大好きだったヤング・ヒゲアザラシ、ペルーむさぼり食いの毎日であった。

もっとも本場ラテンアメリカでセビッチェは、朝獲れた魚介類を昼食のおかずにする習慣だそうだ。セビッチェリアという、セビッチェ屋さんがお昼時には大賑わい。10数年前に行ったガラパゴスのサンタクルズ島の屋台で食べた小ダコのセビッチェは、今まで食べた中で一番うまいセビッチェ・ナンバー1でした。

外国で食べたものは何でも日本に持ち帰り、再現しないと気が済まない性分。さっそく伊豆の魚介類でセビッチェを作ってみた。ムラサキタマネギ、香草、レモンに茹でジャガの脇役達と主役の魚介類、特にイカゲソやタコブツ、ホッキ貝などが旨かったー!調子にのってナマコやサザエのスライスも入れてみましたが、これもOK!我が家の看板メニューの一つとなりました。

昨日まで、取材で島根県の海に潜ってきました。インターネットへの接続が出来ず、ブログ毎日更新の約束は早くも破れてしまいましたが、今まで以上に面白いページにして行きたいと思っています。読者の皆さんよろしくね。

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2005年10月19日 (水)

眼鏡

「眼鏡は顔ぉーの1部でェーすッ」てなことを申します。あたしなんざァ、ニキビ面の高校時代からメガネをつけております(このあたり落語調)。言わせて貰えれば、こちとらァ、眼鏡のベテランだ。思い返せば、高校生の時はキッタネー眼鏡をかけていました。汗や涙、その上、指紋ベトベト。向こうが見えるのが不思議なくらいキッタネーレンズで、サッカーやったり、野球やったり、自転車乗ったり…そして物欲しげに女子高校生を見たり…。もてなくて、X X 臭い高校生のハシリでありました。

考えてみると、今年で58歳になったんだから、眼鏡とのつきあいも40年オーバーになったわけだ。昔と比べてレンズも変わりました。近眼から乱視入り近眼、乱視入り近眼+老眼用バリラックス入りと変化し、フレームもずっとオシャレになってきた。変わらないのはでかい顔。

前髪が後退し、おでこが少し広がったが、頑固一徹の大判センベイ面には、どんな洗練されたデザインの眼鏡を持ってきても取り繕う事は無理なようだ。

そうそう、コンタクトレンズも試してみました。ハードもソフトも…駄目でした。他の人より目の神経が敏感なのか、目蓋とのゴロゴロ感に慣れずギブアップ。

今は、デザインと言うより、体の一部、顔の一部と思って、している事すら忘れている有り様です。

ヒゲアザラシには水中メガネが一番お似合いなのかもね。

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世界遺産 「伊豆・城ヶ崎」

学生時代から伊豆・城ヶ崎で遊んだり、潜ったり、働いたりしてきた。城ヶ崎には、伊豆半島の他の場所にはない、独特の雰囲気がある。それは緊張感…とでも表現できるのか、火山性の地形が作り出す、荒々しい大自然の息吹かもしれない。僕はそんな城ヶ崎の匂いが大好きだ。

以前、城ヶ崎の航空写真を襖二枚ほどに引き延ばしたプリントを見せて貰った事がある。総ての地形がシャボテン公園の横にそびえる大室山から吹き出した溶岩によって形作られているのがハッキリと見て取れた。伊豆半島オリジナルの海岸線から沖合に約1キロほど溶岩流が流れ込み、溶岩台地の張り出しを形作っている。つまり、城ヶ崎は溶岩の埋め立て地なのだ。

出来そこないのお好み焼きのような溶岩流の流れ出しの先端は、入り組んだリアス式の海岸線になっていた。

そして、その海底は30年以上も潜り続けている僕の仕事場だ。ドッシリと重く、黒く、硬い火山岩で覆われ、海藻や付着生物にとって安定した棲み家となっている。チョットやソットの波ではひっくり返らない頑丈な海底環境は、長い日本列島の海岸線の中でも貴重な存在である。その海底のスロープをユックリと深場の海底に向かって降りていくと、目を欺くような極彩色の底棲生物層が姿を現す。サンゴの仲間である刺胞動物・海綿動物・色とりどりの小魚たち…、百花繚乱の世界である。

そうそう、城ヶ崎には大きな川がない。溶岩台地が雨水を吸い込み、海底から地下水となって湧き出している。海の生き物たちにとって貴重な地上の養分が理想的な形で海に還元されているのだ。

僕は最近、伊豆・城ヶ崎こそ世界遺産の自然遺産に選ばれるべき地なのでは…と思うようになった。火山が作り出した大自然の溶岩台地、そのメカニズムが育む世界希有の温帯海洋生物層は我々日本人だけでなく全世界の宝だと確信している。

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2005年10月17日 (月)

台風の海

遙か南の海で停滞していた台風20号が進路を変え、関東地方に向かって動き始めた。向こうの山にいたヒグマが急に振り向き、こちらに向かって川を渡り始めたような厭な気分だ。

台風、特に海の上にいる台風は、僕たちダイバーにとって頭痛の源だ。はるか離れた場所からも「うねり波」を送り込んでくる。「うねり波」の入った海は一見穏やか…だが、海底は強い引き波、押し波に支配されている。

ユッタリとした「うねり波」は波頭から次の波底までの距離も大きく、その距離の長さを底辺とした3角形の範囲にいる海水を動かしている。つまり大きな「うねり波」は海の表面だけでなく、深い深度の海水までを動かしているのだ。結果として、「うねり波」は波頭の間隔が狭い「風波」と比べ、とてつもなく力が強い。

海底は数十秒ごとに繰り返される引き波、押し波に掻き回され、海藻は千切れ、砂や泥は舞い上がり、ユックリと撮影を楽しむどころか、一緒に潜ったバディーを見失いかねない状態である。

小魚たちは本能的にダメージの少ない深場の海に移動するものも多い。浅場に残った魚の中には、必死に岩陰に身を寄せている間に、激しく巻き上げられた砂粒で鰓を傷つけられ、死んでしまうものも多いと聞く。

もっとも、こうした台風接近の初期変化ををいち早く感じ、困っているのはダイバーくらい。船上で仕事する漁師さんやダイバーと犬猿の仲のサーファー達はまだまだ大丈夫と張り切っている。

大きな台風が過ぎ去った後の海に潜ると、海の景観が一変している事がある。浅瀬にある大きな岩が波の力でひっくり返され、岩底に育ったオレンジ色の海綿が剥き出しになっていたり、砂地のあった海底の砂が大波に吹き飛ばされ、海藻もないささくれた海底になっていたりする。ところによっては大きな岩が波で翻弄され、海底を走り回り、岩盤の海底を砕き回った痕が、まざまざと見て判る事もあった。

磯の健康は、その海に暮らす生物すべて( 人間も含んで )の幸せを担っている。台風が大きな時化を連れてこない事を祈ろう。

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マンタ

今年はマンタことオニイトマキエイの撮影で、何回も石垣島に行った。石垣島のマンタ遭遇ポイント・石崎マンタスクランブルは素晴らしいダイビングポイントだ。世界に数あるマンタ遭遇ダイビング・ポイントの中でも最高の遭遇確率を誇っている場所なのだ。

かなり昔から、知る人ぞ知るの場所であったが、実は僕が初めて石崎を潜ったのは去年の事。紺屋の白袴と言うか、医者の不養生と言おうか、はなはだ不勉強な事である。(反省のポーズ中)

話を逸らすわけではないが、マンタは良いねぇー、自由で、悠々堂々としている。石崎に集う、数多くのマンタ・ウオッチングダイバー達の歓びが、はき出す泡の中でコダマしていた。

マンタは暖流に棲む生物で、もっぱら沖縄などの暖かな海にいるが、中にはオッチョコチョイもいて、黒潮に乗り東京湾近辺まで流れてきてしまう奴もいるらしい。

近縁種にイトマキエイ、ヒメイトマキエイ等がいるが、このマンタことオニイトマキエイが一番確実に出会える種類だ。先端部にある耳状の胸ビレを使って、大きな口にプランクトンや小魚を吸い込み食べている。おとなしい生き物で、ダイバーを殆ど恐れない平和主義者だ。

いくら恐れないと言っても、不用意に立ちはだかったり、触ったりされれば野生の動物だから嫌がって逃げる。それを何回も繰り返されれば、そのダイビング・ポイントにやって来なくなることだって有る。そのため、地元の石垣島のダイビング・サービスが中心となって、マンタを驚かせたり、嫌がらせたりしないよう慎重にルール作りをし、世界最高のマンタ遭遇ポイントを守ってきたのだ。いつまでも石崎が人とマンタの最良の出会いの場所であり続けてほしいね。

今年撮影した石崎のマンタ映像はこのDVDに収録されています。お時間のある人は是非見てください。 http://homepage3.nifty.com/juf/japanese/newinfo/newinfo2005/secret%20blue/OSIRASE.htm

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2005年10月16日 (日)

麻雀

麻雀って楽しいね。学生時代はダイビングが忙しくて、麻雀どころではなかったが、今は週末ごとに囲んでいる。伊豆の家には麻雀の自動台まである身の入れようだ。

ところで僕の血液型はO型、性格は大らかながら、大まか。そんな性格が邪魔して、麻雀が上手くなる要素 0 の人間だ。ときどき「俺は麻雀に負けるために生まれてきたのでは…」と思いたくなる程弱い。もちろん運がついている時は自分でも怖くなる程、勝ち続ける事もある。総てが上手く行き、世界は自分を中心に回っている事を実感…。滅多にない事だが、それだけによく覚えているのだ。

それにしても、「ツキ」って何だろう?長い時間、麻雀をしていると、ツキが来て、ツキが去り…てな事を繰り返す。

「麻雀は人生そのもの」と言う人もいるが、麻雀ではあまり勝てなくても良いから、難しい水中生態撮影の勝負所では勝ち続けたいもんだ。

身勝手な願いかな…?

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2005年10月15日 (土)

カサゴの季節

カサゴの季節がやってきた。とは言ってもカサゴの煮付けが旨くなる季節の事ではない。カサゴの繁殖シーズンの事だ。伊豆半島の海では毎年10月下旬から12月初旬頃までカサゴの交尾シーズンが続く。

交尾というと「エッ、魚が交尾するの?」と言う人が多いと思う。そう、カサゴは交尾して精子を雌の体内に注入し、しばらくして雌の体内にある卵が成熟したところで受精し、数ヶ月後に雌カサゴが数千匹を超す仔魚を出産するのだ。卵胎生という繁殖方法で効率よく子孫を増やしている魚種なのだ。

カサゴはごつく、厳めしい顔付きをしている。特に雄カサゴは体も雌より大きく、交尾期には顔も黒ずみ、格闘技系・海兵隊系のおっかなそうな顔付きだ。その強面の顔をして、雌にどんな求愛をするのかは一見の価値ありだ。

時は夕刻、見晴らしの良い海底の岩の上で、スロープを見下ろしながら雌の動向を見守っていた雄が動き出す。見晴台から泳ぎ出た雄カサゴは、海底に鎮座する雌の傍にそっと降り立ち、しばらく様子を観察。雌の状況良しと判断すると、体を浮かせるようにホバリングしながら雌に近づく。さらに雌の体の上を触れんばかりの距離でホバリングしながら、雌におもねるのだ。「OOちゃん、X X しよッ、ネッ、しよッ」と言う感じ。そして、欲情に血走った目で雌を見るのだ。プイッと雌に逃げられる事もあるが、上手く、スッと雌が泳ぎ上がるとオーケーサイン。瞬時に雌の体に雄が体を巻き付け1秒で交尾完了。「こんなに短くて良いのかーッ!」と騒ぐのは人間くらい。精子を雌に渡せれば、それで良いのだ。そして、あの修正不能とも思われた強面顔が求愛時には、お澄まし3分、お愛嬌7分の優しい顔になっているから感心する。愛に不可能はないんだね。

1月から2月にかけては、今時仕込んだ愛の結晶が誕生する時期だ。その話はまた機会を見て書きましょう。

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2005年10月14日 (金)

アゴヒゲアザラシ

そろそろブログも慣れてきたから海の話を書こうか…なにしろ「ヒゲアザラシの水中メガネ」なんて言う立派なタイトルまで付けて貰っちゃったんだからね。

アザラシと言えばタマちゃん騒動はどうなったんだろう。タマちゃんはアゴヒゲアザラシと言う種類で、英名をBearded Seal と言い、本来もっと寒い、寒流の海で見かけるアザラシだ。

15年程前に行った北極取材の時、現地人であるイヌイットのハンターからアゴヒゲアザラシを教えて貰った。すごく神経質で、カサリとでも音を立てようなら、すぐに氷の海に飛び込んで逃げてしまう。氷原に伏せ、双眼鏡で見たアゴヒゲアザラシの顔には堅そうなヒゲがビッシリと生えていた。そうそう、あのテレビ中継で見かけたタマちゃんそっくりな顔をしていた。

氷の割れ目から滑り込んで氷点下の北極海の海を撮影していると、好奇心に駆られて近付いてくる物もいた。かなり可愛いぞーッ。

でも、何よりも驚いたのはアゴヒゲアザラシの海中での鳴き声だ。白夜の氷原でクジラや他の生物たちが出す鳴き声や交信音を録音するためハイドロフォン(水中集音マイク)を海中におろすとハッキリとした生物の鳴き声が聞こえてきた。

それは高音のクゥ〜〜〜〜〜ゥ〜〜〜〜〜ゥ〜〜〜〜ンという鳴き声がだんだん低音に変化していく独特のもの。

「何?この音???」とカナダ人の学者に聞くと、「Bearded Seal !」と返事が返ってきた。あのアゴヒゲアザラシがどうやって…何のために…と矢継ぎ早に問いかけたが、「ワッカラナイヨー」と両手を広げられた。

その鳴き声は、戦争映画で聞いた大型爆撃機が落とす爆弾の音に似ていた。クゥ〜〜〜〜〜ゥ〜〜〜〜〜ゥ〜〜〜〜ン、クゥ〜〜〜〜〜ゥ〜〜〜〜〜ゥ〜〜〜〜ンと複数の鳴き声が重なり氷の下の世界には音が溢れかえっていた。

その後調べたところによるとアゴヒゲアザラシは百数十メートルの海底まで魚を獲りに潜り、浮上してくる時にその声を出しながら上がってくるらしい。

とはいえ、まだ人類の誰もその鳴き姿を確認した者はいない。

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2005年10月13日 (木)

漉しあんと粒あん

今日は仕事とはほど遠い話をしよう。

私は甘い物好き。特に粒あんが好きだ。

チョコレートよりあんこ…あんこの中では過激な

粒あん原理主義一派に属している。

和菓子屋で「これ漉しあん?粒あん?」などと尋ね、

漉しあんだと言われると露骨にイヤな顔をするテロ

活動を重ねている。

ところで、粒あんと漉しあんの違いって何だろう…?

確かに違いは有る。

一般的に言って粒あん=田舎者 漉しあん=上品

と言った概念も有るようだ。

あの、粒あんを口に入れた時、鼻に抜けるちょっと

泥臭い皮の匂いが堪らなく良い。

それに引き替え、漉しあんの均質な舌触り…、あれは

同じ小豆から出来たとは思えない違和感がある。

そうだ、粒あんが焼きたてのサンマなら、漉しあんは

蒸され、湯引かれた目黒のサンマだ。

自然の息吹が薄められた殿様料理より野趣豊かな

田舎料理を楽しめる庶民に生まれて良かった。

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2005年10月12日 (水)

HDV

今日はちょっと専門的な話をしよう。

ちょうど昨年の夏頃、ソニーから家庭用ハイビジョンカメラが発売になった。

そのカメラはHDVと呼ばれるハイビジョン規格を撮影できる物で、軽敏性や価格の面からも革命的なカメラであった。

僕は7年程前から放送用のハイビジョンカメラを入れた水中カメラを製作し、テレビ番組撮影等に活用してきた。

放送用のハイビジョン、HD−CAMの作り出す映像画質は絹のように密で滑らか。

素晴らしい画質であった。

しかし、その大きさ、重さは気軽に水中撮影に持ち出せるような機材ではなく、大規模な撮影取材の時のみ持ち出せる道具になっていた。

「もっと気軽に水中ハイビジョン撮影をしたい」という願いに答えるように民生用HDVカメラが発売になったわけだ。

早速、水中カメラメーカーと協力しこのHDVカメラを水中に持ち込めるよう水中ケースの製作に取りかかったのが去年の10月。

数ヶ月の試行錯誤を経てメーカ技術の結晶が実りプロトタイプの水中カメラケースが完成した。

年末年始にかけ、待ちかねたようにホームグランドである伊豆の海に持ち込み、テスト撮影に明け暮れた。

小振りで、一人でも簡単に扱えるHDV水中カメラは海の中でも遺憾なくその性能を発揮し、素晴らしい映像を作り出してくれた。

私見ではあるが、HD−CAMとHDVの画質比較では100点対75点ほどの差が感じられるが、その小回りの良さ、気軽さなど

を考えに入れるとHD−CAMと互角に勝負できる水中カメラに仕上がったと思っている。

同時に編集用に導入したマッキントッシュG5ノンリニア編集機とタッグを組んで初めての水中HDVハイビジョンテレビ番組を作り出す事もできた。

これからはプロもアマチュアも同じ機材を使いながら撮影の技を競う、油断のならない時代が始まるのだろう。

「艱難汝を玉とす」の言葉を心に精進しよう。

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2005年10月11日 (火)

犬が欲しい

愛犬オルカを失って7年近くが経った。

可愛い奴だった。

カナダ・バンクーバー島でシャチの生態撮影に成功し、帰国後、

得意満面で伊豆海洋公園に潜りに行った時、公園中央のヤシ

の木の下に棄てられていた白黒の子犬がオルカだ。

羽毛服のポケットにスッポリと収まる程の小さな奴だったが、

みるみる成長し、体重約25キロの中型犬に成長した。

甘ったれで、乱暴者で、せつなくて、僕たち夫婦の言葉を解する

不思議な犬、オルカ。

2歳の頃から僕の膝にしがみつき、カクカク腰を使って「かみさん

が欲しい」と訴えた。

二人(一匹と一人)で散歩がてらに雌犬探しに出かけた。

ある日、伊豆高原の散歩道で首輪のない超美人犬を発見。

ドッグフードを撒き並べ、家までおびき寄せ、お見合いタイム。

野良犬なのに頭と尾を誇らしげに立てた、人目にも美しい

雌犬エルザとの出会いであった。

二人は瞬く間に恋に落ち、10匹の子犬を作った。

傍目にも仲のいい夫婦であった。

オルカは12歳のある朝、突然この世を去り、エルザは17歳まで

生き、妻の腕の中で息途絶えた。

寂しさと悲しさに声を出して泣いた。

犬と人の関わり合いではあるが、10数年の同居生活は今も鮮明

に心に宿っている。

生きものと生活をともにする事の素晴らしさを知った。

最近、再び犬と一緒の生活を考えるようになった。

素敵な出会いを待とう。

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2005年10月10日 (月)

秋の長雨

秋と言えば食欲の季節、栗に松茸、サンマにモドリカツオ、鍋物も

いいねー。

まだ、若かりし頃、若狭の親戚を訪ね、70過ぎのお爺ちゃんと山

に松茸狩りに行った事がある。

こちらはまだ20代、いくら山坂がきついとは言え、70過ぎの爺さん

に負ける訳には行かない。

若狭、小浜町の裏山の胸突き八丁を馬力で登り切った。

爺ちゃんの解説で赤松の周囲を手探りすると、親指程の松茸が

見つかった。

松茸は放射状に生えているので、一つを見つけたらその近辺を慎重

に探せば、必ず一族郎党が見つけられるのだ。

3時間程、山を這いずり回り、家に帰る頃には全身汗と泥まみれ。

腰の曲がった爺ちゃんが簡単にくぐり抜けた横枝に頭をぶつけて

もんどり打ったり、脚を滑らせて沢に落ちたり…。

いやはや、海の男は山では並以下の役立ちようであった。

くわばら、くわばら。

でも、爺ちゃんが振る舞ってくれた松茸ふんだん入りすき焼きの

旨さは還暦が目の前に迫る歳になっても忘れがたい思い出だ。

今年は9月の中秋の名月を見ながら松茸の土瓶蒸しを味わった。

あの、さわやかな秋空は何処に行ってしまったのだろうとぼやき

たくなる雨空が続いている。

秋の長雨というやつだろうか。

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2005年10月 9日 (日)

高圧洗浄器

近所のホームセンターで買っておいた高圧洗浄器を使ってベランダ

の清掃。

まずは、セッティング開始。

付属のホースでは短すぎてベランダまで水が届かない。

庭の水撒き用のリールホースを分解し、何とかセッティング完了。

恐る恐るスイッチを入れると、すごい勢い(当たり前か!)で

ノズルから水が噴き出す。

黒カビや青ゴケが生えたベランダの手すりや床板を水圧で攻める。

ウーム、なかなか手強い奴らだ!

でも、ノズルを5センチくらいまで近づけてやると、頑強にしがみ

ついていた青ゴケも「もうダァメェダ〜ッ」て感じで吹き飛ぶ。

「ザ、ザマァー見やがれ!ハァハァハァ」と興奮状態。

こういう、銃のような物を持つと、隠されていた傲慢な性格が表に

出てくる。

「ウリャーッ!」「ドリャーイッ!」「ブシュッシュッシュッ!!」

「ガハッガハッガハハハハハ…」

傲慢大王ヒゲアザラシの雄叫びと青ゴケ・黒カビの微かな悲鳴

が伊豆高原の落葉広葉樹林に木霊した秋の一日であった。

まっこと、機械は便利よノー。

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2005年10月 8日 (土)

17歳のログハウス

先週、大整備を済ませた富戸の家にたどり着いたのは夜の

11時過ぎ、雨が土砂降り状態。

建ててから17年目のカナディアン・ログハウス、今年の

台風11号で屋根のドーマ外壁がちょっと壊れた。

良い機会だと思い、先週ログビルダーたちに修理と大整備を頼んだ。

白髪交じりのように白くなったコロニアル瓦に防水塗料を塗り、

紫外線と雨風でささくれたログウォールにたっぷりと保護材を

染み込ませるのだ。

家は若返った。

髪の毛はみどりなす黒髪に戻り、肌は艶々。女で言えば20歳は

若返ったという感じだ。

今週はやり残したベランダのアオゴケを落とし、保護材を塗りたい

のだが、この天気…。

文章を書いている今も、かなりの雨音が聞こえてくる。

明日は雨の休日、のんびりと読書でもするか。

連休最終日は晴れると良いなー…。

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2005年10月 7日 (金)

左膝爆発

最近、潜っていないなー。水中カメラマンが陸にいると、

まさに粗大生ゴミ。

陸に上がったアザラシとはこの事か…。

実は1週間ほど前、ベッドとテレビの間をすり抜けようとして

蹴っつまずき、左膝から絨毯に着地。

何しろ100キロオーバーの体重が一点に集中したのだから

膝の皿が割れたかと思うほどの激痛がやってきた。

飛び跳ねる程の痛みをやり過ごしてから、膝を氷で冷やし、

寝てしまった。

翌朝、起きてみれば大した痛みもなく、腫れも殆どない。

左足をいたわりながら会社に行き、執務を行っていると、

妙なことに左膝がヒリヒリする。

女子社員がいないのを良い事にズボンをおろしてみると…

左膝がソフトボール!!左膝が大型グレープフルーツ状態!

「オーイ、駄目だぁー!救急車ァー」と床にへたり込んだ。

どうやらベッドで横になっている間は内出血が少量だったようだ。

立ったり、椅子に座ったりしている間に膝のダメージ部分に

内出血が始まり、腫れ上がったようだ。

病院で診察を受け、湿布薬だらけになる事1週間。

今日は少し腫れも治まったみたいだけど、まだまだ右膝に

比べると腫れているのがわかる。

横から見ると我が左膝が747ジャンボジェットの頭の部分みたい。

ちょっと自慢かも…。

今週末は伊豆に行くのにウエットスーツが入るかな…?。

富戸の横浜あたりで脚を引きずって歩いている僕を見かけたら、

声を掛けて下さい。

自宅のベッド脇(世界で一番安全なところ)で起きた大事件を

図解付きでお話しします。

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2005年10月 5日 (水)

今日からスタート

今流行の?デブ屋系水中カメラマン・ヒゲアザラシのブログ、今日からスタートです。皆さん見てね。

今日は僕の58歳の誕生日。みんなが「お誕生日おめでとう」と言ってくれる…。誕生日プレゼントはぁー??

太りすぎのヒゲアザラシに食べ物のプレゼントは禁物。カロリー計算表や万歩計もらっても困るしねー、

まァ、僕の誕生日を覚えていてくれただけで感謝感謝。

明日は、師匠の益田さんを連れて伊豆長岡の順天堂病院に定期検診に行く予定。84歳のお爺ちゃんだが、

外出は大好き。旨い物でも奢ってもらおーッと。

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